千疋屋総本店についてはいまさら説明する必要もないだろう。ある作家の本で、「スーパー紀伊国屋には調教された野菜が並んでいる」という文章を読んだことを覚えているのだが、さしずめ千疋屋は、厳しいしつけを学んだお上品かつお行儀のよいフルーツたちが集う学校みたいなもの。日本橋三井タワーにはその本店が入っているのだ。
ベルベットのように光り輝くイチゴーー。規則正しく並ぶ種のつぶつぶに吸い込まれそうになり、我に返って甘いため息をつく。1パック5000円の値札を見て、感嘆と羨望の気持ちにまた深いため息をつく。服のブランドにはあまり執着がないが、フルーツのブランドにはとことん弱い私(肉もですけど・・・・・・)。
思えば大学時代、バイト先の先輩にちょっとお茶しよう、と連れられて入ったのが、千疋屋との出会いだった。それまでお茶をするのに果物屋に行くという感覚がなかったので、果物屋の奥にカフェコーナーがあったのにも驚いたし、その値段にはもっともっと驚いた。でも一番驚いたのは、先輩の「フルーツサンドがおいしい」という言葉だった。
私の中ではご飯モノとデザートはずーっと別次元のものだった。パイナップル入り酢豚も、生ハムのメロン巻きも、鴨のオレンジソース煮も、抵抗感のほうが強かった。フルーツサンドは最たるもので、パンにクリームと果物を挟む、そんなものがおいしいわけがない、と思い込んでいた。そんな私にとって、大きな「次元の壁」をとっぱらってくれたのが、このとき思い切って挑戦したフルーツサンドだったのだ。
さて、新しくなった本店のカフェは天井が高く、モダンな雰囲気。果物同様、洗練されたお上品さが漂う空間に0歳児同伴入店は当然敷居が高いのだが、最近は私が外出に慣れてきたのかあまり気にせずベビーカーで入ってしまう。ゆったりとしたソファの席に案内してくれたので、まずは息子がつかまり立ちをする。つかまり立ち時代はソファの席に座れると非常にありがたい。
メニューを見るまえから、私はある葛藤と戦っていた。せっかく千疋屋に来たのだから、フルーツサンドが食べたい。でも、たった今親子丼を食べたばかりでお腹は8割りがた埋まっている・・・。普通はここで体面も考えるだろうが、私は歳を重ねるごとに世間体や建前なんかを取り繕うことに力を使わなくなってしまった。案の定、私がフルーツサンドを頼むと言ったら、友人に「食後にまた主食を食べますか」と言われたものの、さほど驚いてはいない。胃袋のことだけ考えたら、せいぜいイチゴパフェ程度にしておけばいいのは分かっているのに、とにかく頭がフルーツサンドになっているものだから、頼まずにはいられない。そして、頼んだからには完食せずにはいられない。太る体質というより太る気質が十分すぎる危ない思考だ。
真っ白で大きなお皿に清楚にたたずむフルーツサンド。一番の特徴は、フルーツが薄く切られ、幾重にも重なっていること。その薄さが見た目には心細いほどに控えめでも、食べるととても贅沢な口当たりを生む。普通のフルーツサンドは大口を開けてかぶりついても2種類程度しかフルーツが入らないが、千疋屋のはお上品に食べても、十分フルーツたっぷり感を味わうことができるのだ。薄くスライスしてもさすが千疋屋学園出身の果物たち、味が濃い! 季節によって果物が変わるのかもしれないが、私が忘れられないのはなんといってもパパイヤ。その後味がくせになり、やれもう一口、ほれもう一口と手が伸び、喉が動き、身も心も比内鶏に浸っていたのがあっというまにカラフルなフルーツ色に染まってしまった。お腹はパンパンだったけど、気分はすがすがしい。ごり押しのように詰め込んでも、なぜかすっきり納まってしまうのは高級フルーツだからなせる業なのか。育ちのよさって本人が意識しなくても得することが多い気がする。人も果物も!
・千疋屋総本店
日本橋三井タワー内。
銀座千疋屋、京橋千疋屋は総本店からのれんわけしてできたお店。
オムツ換えはビルのトイレが近くにあるので、すぐできる。
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